エピローグ 僕はリュックに荷物を詰め込んで、西の森へ向かっていた。 色々なもの、僕の少年時代に別れを告げるために。 あの時、声はこの街の空を青色と言った。 僕も実際空は青色だと思っていたし、その時には何の違和感も感じていなかった。 義妹と色々と話をするようになって、街の空は緑色なのだと知った。 大人になって初めて気付くなんて、本当に僕は人と話をしなかったのだなと思い知らされる。 声もまた色弱の眼を持っていたのだろう。 また、声は鐘の音が聞こえなかった。 あの時計塔の鐘の音、街の端っこに居たって聞こえるようなあの音を聴くことが出来ない場所なんてこの街では限られている。 そう、僕はあの西の森の井戸の底で、当時まだ一日三回なっていた鐘の音が聞けずにいたのだった。 二つのことに気がついたとき、急に失われていた記憶がよみがえり始めた。 井戸の底で僕は一人ではなかった、怖くて泣いていたのでもない。 ただその場所で先に死んでしまった大切な人を思い悲しくて涙が止まらなかったのだ。 森の奥、ぽつんと置かれた井戸を見つける。 リュックに入れた縄梯子をかけて底へ底へと降りていく。 思ったよりも浅いその井戸の底を懐中電灯で照らす。 白骨化した、人の骨。 いや、その背中にはカラスの羽のような尖った数本の骨がついていた。 母さん、僕は捨てられたのではなかったんだね。 あの頃、どうして僕と心中しようと思ったのか僕には分からないし、特別知りたいとも思わない。 あなたが言ったように、人は酷く微妙なバランスの足場にたっている。 だから、あなたにも事情があってどうしても悲しい出来事を避けられなくて、そうなってしまったんだって、今は分かる。 ただ、あなたはこの街を愛していたから、ああやってラジオ越しに皆と話した。そうして偶然僕に出会った。あなたの声に、簡単な言葉に、僕は本当に救われた。街の人たちだってそうだ。 僕やこの街の人たちはやっぱり微妙なバランスの足場にいるから、きっとこれからだって悲しいことは起きていくんだろうと思う。それでも僕はこの街と街の人々を好きになれるような気がするんだ。 |
作者 底辺 さん
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